| ◆宮本 啓稔:プロフィール |

院長:宮本 啓稔 |
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◆ 略 歴 ◆
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平成11年
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日本鍼灸理療専門学校を卒業
国家資格(針灸・マッサージ師)取得
渋谷整体センター勤務 |
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平成12年
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西新宿治療室勤務 |
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平成15年
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新宿西口治療院開業 |
過去様々な、人体の歪みに起因する疾病・病気を研究し、凝りの本態である“筋肉を包む膜の癒着”に対するアプローチ編み出す。
これをさらに進化・発展させ、あらゆる病・不定愁訴に対応できるまったく新しい独自の理論と手法を作り出すため、日夜研究中。 |
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みなさん始めまして。院長の宮本啓稔(みやもとけいじ)です。
ここで私の自己紹介をさせて頂きたいと思います。私は父が空手の有段者だったこともあり、幼い頃から武道や整体治療、身体操作的なことに興味を持っていました。
今では父はもう亡くなりましたが、今でも一番心に残っている思い出は5、6歳くらいの私が1センチぐらいの杉の板を持って来て「お父さん、これ割れるー?」と言って正拳突きで割ってもらったところ、勢いあまって私の鼻面に拳が当たってしまい、大声で鼻血を出しながら泣き出してしまった事でしょうか。(笑)
現代では、あまり無くなってしまったようですが、やはり“尊敬できる父がいる”という事は、とっても幸せな事ですよね。 大きくなってから、大学の経済学部に在籍していた私は、ある交通 事故がきっかけで3人のサークルの後輩を亡くしてしまう出来事がありました。
かなり大きな事故だったのですが、一番死亡率の高い助手席に乗っていた私だけが“奇跡的に”助かったのです。 それまでは「人の生死」や「運命・天命」などまったく考えた事も無かった私ですが、その出来事をきっかけに 真剣に考えるようになったのです。
亡くなった後輩の御両親から「息子の分まで大事に人生を送ってくださいね。」と言われた私は、なんとか人の為に役に立つ、世の中の人を助けて、素晴らしい人生を送ってもらえるような手助けができる仕事はないか?と考え続け、少林寺拳法の恩師に相談した所、渋谷にある鍼灸の学校(日本鍼灸理療専門学校)を紹介され、入学することになりました。
在学中から「なんとしても、今まで世の中に無かった最も優れた、素晴らしい療法を誕生させたい!」と考えていた私は、整体やカイロプラクティックの治療院で働きながら、寸暇を惜しんであらゆる治療法を研究し、実際に体験していきました。
「中国(北京大学)においての研修」
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「高尾山での滝行」
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| 神奈川県丹沢の「酒水の滝」 |
足柄市の「夕日の滝」での滝行風景 |
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| 足柄市の「夕日の滝」での滝行風景 |
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その中で感じたことは、「今まで普通の人が“当然の常識”だと思っていたことが、実は間違っているのではないか?」
という事でした。
例えば「筋肉が凝っていたら揉めば治る」という事です。
通常は肩が凝ったり、腰が疲れたりしたらマッサージに行って揉んでもらいますが、これは「凝り」というものが実際どんな状態になっているか、一般の人々にまったく知れ渡っていない事の証拠です。
筋肉の繊維というものは、筋組織の細い糸の集まりであり、それらは一本一本が筋膜という膜に包まれています。 これらが炎症を起こして、くっついてカタマリになっている状態が“筋肉が凝っている”状態なのです。
くっついているのですから、揉んでも治るはずがありません。癒着している組織を引っ張って、引き剥がすような操作を加えなくてはなりません。これは皆さんがマッサージなどに行っても数日で戻ってしまい、何年も何年も通っても同じ事の繰り返しになってしまうことからも、お分かりになると思います。(軽い癒着の場合は別です。簡単に剥がれるので、揉んでも叩いても何でも治ってしまいます。)
この事が分かってから、ずっと研究を続けトライアンドエラーを繰り返し、ついにどこにもない、古来の整体や東洋医学の理論を応用し、独自の経絡・反射ポイントと癒着(痛みの原因である筋肉繊維のからまり)を引き剥がす手法を融合した治療法を創り上げました。しかも大変気持ち良く、(体が悪い方は最初だけ痛いようですが)首など治療しているときなどは、寝てしまう方もとても多いです。
これが今から2年前です。 これは当院以外では、やっている所がない治療法で、重症の腰痛や肩こりをはじめ、胃などの消化器や生理痛その他の婦人科系などの内臓系の不定愁訴やつらい痛みに対して、効果絶大です。(もちろん病の軽重によって治療効果は変わりますが、他の治療法とは改善されていくまでの早さがまるで違います。)
現在ではこれに「気(怪しいものではなく、生命エネルギーとしての)」や「ストレスを肉体的な反射を取ることによって消す」という概念を加えさらにパワーアップしています。
どこに行っても改善が見られなかった方は、当院に来て頂いて今まで無かった、まったく新しい独自の治療法を是非とも受けて頂きたいと心より思っております。 |
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| 平成18年6月に整体出産で産まれたうちの悠希くんです。 |
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このように成長いたしました。(平成21年5月撮影)
やっぱり整体出産で生まれた子は健康そのもので、目の輝きも違うかも!(親バカですね)(笑)」 |
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| ◆足立 太:プロフィール |

足立 太 |
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◆ 略 歴 ◆
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| 1978年7月27日生まれ |
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平成22年
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新宿鍼灸柔整専門学校を卒
国家資格取得(鍼灸師) |
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平成22年
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新宿西口治療院勤務 |
はじめまして、新宿西口治療院の足立太です。
ここで私の自己紹介をさせて頂きます。 |
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鳥取県出身です。東部の田舎で生まれ育ちました。
小さいころは、好奇心旺盛な子供でいろんなことに興味を持って実際にやってました。
今でも家族に言われるのが大豆を鼻の穴に入れたらどうなるかと思って、試しにやってみたら取れなくなって大泣きしたことです。(その後、無事に取れましたが)
学生時代は、身内の誰かと同じ学校に通ってました。
(小学校は父と、中学校は祖母と、高校は母と)
仲は良かったんですが、さすがに離れたいと思って大学は愛媛に行きました。 |
その後は大阪のITの会社に就職して、プログラム作成しながらボケとツッコミを習得し東京に転勤後は、営業支援をしながら習得した関西のお笑いを試してスベッてました。
鍼灸とはまったく関係ない道を歩んできてます。この道に入るきっかけをくれたのは、親戚の叔母でした。
社会人のときに、家族と熊本の叔母に会いに行く機会があって足のマッサージをしてあげたら、すごい喜んでくれたんですね。
自分は汗だくでしんどかったんですが、やって良かったなという達成感をものすごく感じたのでこういう仕事をしてみたいと気付きました。
これで火がついて、どんな仕事なのか調べていき鍼灸師という仕事があることを知りました。
資格を取るために専門学校を卒業しなければならないという条件があったのでいくつか学校を見学し、四谷三丁目の新宿鍼灸柔整専門学校で西條先生と出会いました。
見学説明会でかなり熱く語っておられたので通うならここしかないと思いましたね。
学校は夜間部に入学し、昼間は派遣をしながら通ってました。
クラスメートは少なかったですが、素晴らしい仲間に出会えたので大変でしたが、充実した3年間が過ごせて、とても感謝しています。
卒業後は、治療院に勤めて修行しようと思ってたのでいろいろと探しているとここの治療院のHPを発見したんですね。
スタッフ募集の内容が、自分の希望通りだったのと実際に宮本先生とお会いし体験治療を受けると、コリがとても軽くなったのでこの技術は習得したいと、強く思いました。
他の治療院の見学や会社の就職説明会にも参加したんですがピンとくるものがなく働くならここしかないと思いました。
宮本先生が学んできたすさまじい情報量と技術力を少しでも多く吸収して身につけて、腕を磨いていこうと思っています。
治療家としてのポリシーは患者さんが来たときよりも元気になって帰ってもらいたいですね。
きっかけをくれた叔母も元気な人で一緒にいるとこっちも元気になってくるほどのパワーがありました。
鍼灸学校在学中に叔母が他界してしまったので叔母への恩返しはもう出来ないですが
その分、今までお世話になった人これからご縁で知り合う人のお役に立てることができればと思い日々鍛錬していきますので、よろしくお願いいたします。 |
| ◆山本 健太郎:プロフィール |

山本 健太郎 |
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◆ 略 歴 ◆
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| 1977年5月4日生まれ |
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平成22年
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東洋鍼灸専門学校卒業
国家資格取得(鍼灸師) |
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平成22年
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新宿西口治療院勤務 |
はじめまして、今月より新宿西口治療院に勤務しております山本健太郎と申します。
簡単ではありますが、私の自己紹介をさせていただきます。 |
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地元は、宝塚市で昭和52年に兵庫県宝塚市に生まれ、本当によく動きまわる活発で、わんぱくで、日が暮れるまで外で遊んで帰ってくるような子として育ちました。
その当時から、とにかく運動神経だけはよくて(他の科目に関してはひかえさせていただきます)
小学校時代は水泳教室と少年野球にはまっていました。(そのおかげで現在まで健康でいられるのかも) |
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| 高校球児時代 |
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| 東洋鍼灸専門学校 |
そして中学校から本格的に野球部に所属し、休みなく打ち込んでいました。
やはり、それだけハードな練習を繰り返し、適切なケアを施さないと身体は痛んでくることを感じはじめた時期でもありました。。
そこで、今現在の私との接点が訪れました。
鍼灸です。
鮮明に憶えていることは、皮内鍼(非常に短い鍼を皮膚に刺し上から丸いテープでとめて効果を持続させる鍼)をしながら、学校に通っていたことです。
ただし、その当時は他に目標があったので即、鍼灸師になろうとは思っていませんでした。
東京に友人がいたこともあり東京の大学に縁あって入学することになりました。
大学では学業・アルバイト・スポーツ(野球に関しては部活には入部せず観戦に専念)
と充実していました。
卒業後、サラリーマンとなり営業職・業務職と5年間勤しみ本当にハードワークでした。
そこで再び今現在の私との接点がおとずれます。
私は重度の肩こりと腰痛があったのですが、たまたま友人が鍼灸院に通っていたこともあり紹介してもらって施術を受けました。
やはり絶大な効果を実感しました。
その時、高校時代の衝撃もよみがえってきたこともあり自問自答し、鍼灸師になる事を決めました。
決めたら、もうそれに向かって突き進むだけです。
新宿区百人町の東洋鍼灸専門学校縁あって、東洋鍼灸専門学校の夜間部に入学し朝から夕方までは総合病院にて看護助手として勤務しておりました。
入学して驚いたことは(自分の知識不足もありますが)鍼灸の効果として肩こり・腰痛・膝関節痛等の運動器系疾患だけではなく内科系疾患(風邪・生理痛・むくみ・冷え症等)にもかなり有効であるという点でした。
東洋医学を勉強すればするほど、奥の深さを実感するばかりです。
そして、これまた縁あって当院の宮本院長とお会いし東洋医学を土台としながらも、時代にあった新しい治療法をどんどん取り入れていくアグレッシブさや貪欲さ、特に患者さんの立場にたった考え方を徹底している精神に惚れ込みました。
私が尊敬する方からいただいた言葉で「しなやかに、そして巧みに対応する」ことをまさに自分のものにしている方だと実感しました。
この長ったらしい文の中に「縁」という言葉が何度かでてきたと思います。
これまでの自分は、本当にたくさんの方に支えられてここまでこれたと思っています。
何事においても感謝の精神を忘れてはなりません。
これからもみなさんとの出会いを大切にしながら治療だけでなく癒しを与えることができ、また、みなさんが笑顔で健康になれるようお手伝いができ信頼していただける治療家を目指しております。
ダラダラと長いだけの自己紹介文になってしまいましたが根っからの関西人で阪神タイガースをこよなく愛する(これはたぶん生まれたときからだと思います)者です。
気軽に声をかけてくださいね。ノリツッコミぐらいならいつでも。
今後ともよろしくお願いいたします。 |